| 例年、上町倶楽部に入会してくるのは1年生の父親だった。 |
| 入会してくる時期は、きまって入学式直後だった。 |
| まだ親同士のコミュニティーができておらず、人脈を作る目的で上町倶楽部に頼ってくる。 |
| そこで、会員募集のチラシを1年生全家庭に配布し、少しでも会に興味がありそうな父親を集めたかった。 |
| 「年度初めが新会員を集める最大のチャンス」と崇史は考えていた。 |
| ただ、最近、入会してくる父親が全くいない時もあった。 |
| 入学したばかりの父親からしてみれば、右も左も分からず、さらにすでに見知った関係ができている組織に入るのはハードルが高い。 |
| そんな父親達に思いを馳せ、少しでもそのハードルを低くする手立てとして、崇史は最近、耳にする「ランチミーティング」がよいのではと考えた。 |
| この場合、食事会兼小学生の子育て相談になるのだろうが、食事会だと事前に食数を知る必要が生まれるため、駆け込み参加に対応できない。 |
| そこで、クッキーと飲み物を用意した茶話会にすることにした。 |
| チラシは、先に学校に送り、中身の確認を済ませ、その後、PTA室にある輪転機を使って1年生全家庭分を印刷となる。 |
| チラシを印刷し、配布棚に置くまでを会員で手分けすることができたが、日程調整する時間もなかったので一人ですることにした。 |
| 日曜日の夕方、PTA室で印刷作業を始めた。 |
| チラシの原稿を輪転機のガラス面に置き、印刷する用紙をセットする。 |
| 製版ボタンを押すと印刷された用紙が出てくるはずが中で詰まった。 |
| 詰まった用紙を取り除き、再度、試すが、また詰まった。 |
| 輪転機のローラーにべったりと貼り付いた用紙を見ると、チラシのデザインに原因があることが分かった。 |
| 文面を目立たせるために、黒地に文字を白抜きにしていた。 |
| すると、黒地の面積が用紙の大部分を占めるため、ローラーに貼り付いてしまうのだった。 |
| チラシを一から作り直すことはできないので、白地に文面を黒にするシンプルなデザインに変更することにした。 |
| PTA室では、チラシの編集作業ができないので、直しができる家とPTA室を往復することになった。 |
| 作業を終えた時には、夜9時を過ぎていた。 |
| 崇史は夜遅くまで作業してしまったことを守衛さんに謝り、帰宅した。 |
| 単純に印刷する作業ではあったが、思わぬところでつまずくものだと崇史は思った。 |
| それでも、無事にチラシは配布されると安堵した。 |
| チラシは配布されたが、茶話会までに出欠確認のフォームに入力する父親はいなかった。 |
| それでも茶話会に設定した日の同時刻にPTA行事のこいのぼり掲揚作業があるので、崇史はそこで勧誘することに考えを変えた。 |
| 茶話会当日、こいのぼり掲揚作業に参加した上町倶楽部の会員で集まって新会員を待つことにした。 |
| 「いやぁ、作業が終わった途端、お父さんたちはいっせいに帰りましたね。」 |
| 「この後、ランチルームで上町倶楽部の茶話会をするんですけど、参加しませんか? と呼びかけたんですけど、雲の子散らすようにいなくなりましたね。」 |
| 「こいのぼりのために来た。もう用はないよって感じでしたよ。」 |
| 「いやぁ、チラシを配ってこのありさまだといよいよ厳しくなってきましたね。」 |
| 明らかに重い空気が漂っていた。 |
| こども駅伝を開催のためにも会員を増やそうとしたが、出鼻をくじかれる流れが見え始めた。 |
| その時だった。 |
| ランチルームの扉がゴトゴトと開き、メガネをかけた男性が現れたのだった。 |
| 「あのぉ、上町倶楽部の茶話会ってここでしょうか。」 |
| 崇史を始め、会長の野口、八塚らが一斉に席を立ち、ランチルームにやってきた男性を席に案内した。 |
| 「お越しいただき、ありがとうございます。いゃあ、一気に空気が変わりましたよ。」 |
| 崇史がそう言うと、どっと笑いが起きた。 |
| その後は、その男性を囲んで小学生が楽しめる近場の遊戯施設の情報交換が行われた。 |
| その日は上町倶楽部の活動について軽く触れる程度で、次回、茶話会の2回目を開催する予定があるのでまた参加してほしいと伝えて解散となった。 |
| 茶話会後、崇史はLINEグループに次の内容で投稿した。 |
| 「先ほど茶話会が行われました。1年生のお父さんが1名参加してくださりました。まだ入会を決めた訳ではありませんが、ボランティアなどには積極的に参加したいと話していました。」 |
| 早坂という名前のその男性とあと一人、別の父親がその後、新会員として加わることになった。 |